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【池袋通り魔殺人事件】造田博の犯行動機や生い立ち(家族)!両親が失踪の過去も|仰天ニュース

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2022年5月24日の『仰天ニュース』にて、池袋通り魔殺人事件が取り上げられます。

 

そこでこの記事では、その事件を起こした犯人である造田博(ぞうたひろし)

 

動機・生い立ちについて書いています。

 

造田博が池袋無差別殺人を起こしたのは、彼の家族や生い立ちも関係していそうです。

 

もし見ていなければ、先に「池袋通り魔殺人事件の概要」を見た方がより詳細にわかると思います。

 

2人を殺害し他にも多数の負傷者を出した造田博が、如何に残虐だったかがわかります。

「私このまま死んじゃうのかな?」池袋通り魔殺人事件について

 

それではまずは、造田博の犯行動機から

 

【仰天ニュース】造田博(ぞうたひろし)、犯行のきっかけは「無言電話」

 

事件5日前の無言電話に激怒

動機は「人生に絶望し、またどうしようもない環境的な不平等にイライラしたため」と供述

造田博は事件の4ヶ月ほど前の1999年4月から、新聞販売所で新聞配達員をしていました。

 

それまではなかったようですが、事件の7日前に朝刊の配達時刻に遅刻します。

 

これを機に店長から携帯電話を勧められ、所持するようになりました。

 

しかし、事件5日前の深夜に電話が鳴ります。

 

造田博は電話に出ましたが、相手は何も言わずに切ってしまいます。

 

この無言電話に造田博は激昂。

 

事件の直接なきっかけはこの無言電話です。電話番号を知っていたのは同僚だけだったとのことで、無言電話の主は同僚と見られています。

 

造田博は以下の書置きを、アパートの自室の扉の外側に残して姿を消します。

 

「わし以外のまともな人が、ボケナス殺してるけえのお。わしもボケナスのアホ、全部殺すけえのお。アホ。今すぐ永遠じごぐじゃけえのお。」

 

造田博は岡山県出身で、これは岡山の方言のようですね。

 

姿を消してから事件までの間は、赤坂カプセルホテルで過ごしていたそうです。

 

凶器は現場の東急ハンズ池袋店で買ったとのこと。

 

直接的な動機はこの無言電話だと言われていますが、普通の人なら無言電話をされただけでこんな事件を起こしませんよね。

 

ここには造田博の生い立ちも深く関わっていそうです。

 

【仰天ニュース】造田博(ぞうたひろし)の過去や家族(親・兄)

 

両親が造田博を残して失踪

 

造田博の家族

 

それなりと裕福の家庭

 

造田博の家族構成は「両親・兄」の4人です。

 

造田博は1975年11月29日に岡山県倉敷市で、大工の父親と内職をしている母親との間に生まれました。

 

父親は大工として評判もよく、家庭もそれなりに裕福だったそうです。

 

特に問題はなさそうでしたが、崩壊が始まります。

 

両親がギャンブル中毒に

 

遺産を相続し大金を得る

 

造田博が小学校高学年の頃、父親が祖父から相続した土地を売却し、大金を手にします。1000万から2000万円と言われていますね。

 

これがきっかけで父親は仕事から離れていきます。

 

造田博が中学に上がるころ、母親が保険の外交員として働くようになりました。

 

しかし、この頃から母親も服装が派手になっていき、ギャンブルを始めるようになったようです。

 

そして夫婦でギャンブルにハマってしまいました。

 

両親が借金を残し失踪

 

造田博は努力の甲斐もあり、県内の進学校に入学します。高校での成績は優秀だったとのことです。

造田博の高校や偏差値はこちらから

 

しかし高校2年生の時、両親が失踪します。

 

ギャンブルで浪費し続けて遺産を使い果たした挙句、借金を抱えたことが原因です。

 

借金の取り立てに追われたため、自宅を離れました。借金の額は数千万だそう。

 

その後は夜密かに自宅を訪れ、食費を渡してまた姿を消すようになりました。

 

以降も造田博の自宅には借金取りが訪れ続け、造田博はせっかく入学した進学校を中退します。

 

高校を中退した造田博は、弁当屋で働き始めます。

 

両親に捨てられた過去も、事件を起こした要因ではないでしょうか。精神的な影響は間違いなくあるでしょう。

 

 

こちらの失踪した両親ですが、造田博の死刑が確定してからも名乗り出ていません。

 

造田博が現在46歳ですから、プラス30歳ほどで70後半でしょうか。

 

14の職を転々とする

 

高校中退後、広島県福山市で暮らしていた大学生の兄の下に身を寄せます。

 

パチンコ屋で働き始めますが、長く続かなかったようです。

 

弁当屋、パチンコ屋から新聞配達員まで、分かっているだけでも14の職を転々としています。

 

どこで働き始めても長く続かなかったようですね。

 

1度逮捕されている

 

前科持ちだった

 

造田博は1996年11月、仕事を探しに上京した造田は、所持金を使い果たしてしまいます。

 

野宿生活を送るうちに、スーパーで万引きをしてしまいます。

 

その際の所持品にナイフが見つかり、容疑に銃刀法違反も加わって現行犯逮捕されます。12月に10万円の罰金刑を受けます。

 

罰金刑にも前科は付きます。

 

妄想からストーカーに

 

小学校時代の同級生にストーカー行為

 

1995,1996年頃の職を転々としている間に、造田博は小学校時代の同級生の女性Wストーカー行為をするようになります。

 

手紙を複数回出したり、自宅に電話した上で直接自宅に押し掛けたりしたとのことです。

 

その時に応対した女性Wの父親が、娘に造田博と交際する意思がないと伝えると、それ以上交際を迫ることはなかったようです。

 

ただ造田博は1998年6月に200ドルのみを持ってアメリカに単身渡航しているのですが、同時期にこちらの同級生もアメリカ・シアトルに留学していたそうです。不明ですが、もしかしたら関係があるかもしれませんね。

 

しかし造田博は十分な滞在費を持っておらず、行き倒れて日本領事館に保護されます。

 

造田博は領事館の紹介で、教会で働く代わりに衣食住の面倒を見てもらうようになります。

 

造田博曰く「この時期が人生で最も充実していた」とのことです。しかし1998年9月、ビザの失効で帰国することになりました。

 

帰国後は名古屋の工場で働いていますが、再び転職。

 

1999年4月から東京都足立区内の新聞販売店で働き始めます。

 

 

造田博によると、小学校時代にこちらの同級生から告白され、それを断ったそうです。

 

しかし、同級生本人によると、親しい関係はなく告白したこともないとのこと。

 

このことから、造田博の異常性が見えますね。同級生との思い出は妄想だったことになります。

 

外務省に手紙を送る

 

「日本は大部分が小汚い者達です」

 

1997年頃、造田博は外務省に手紙を送っています。その内容というのが…

 

「日本は大部分が小汚い者達です。」

「存在、物質、生物、動物が有する根本の権利、そして基本的人権を剥奪する能力を個人が持つべきです。」

「この小汚い者達には剥奪する必要があります。」

「Breathing okは愛情です。国連のプレジデントに届けて下さい。」

 

「この小汚い者達は60年後、2057年にはすべて存在しなくなります。

BとBの女がこの小汚い者達のボスです。

私はこの小汚い者達のようになる事は、いかなる事があろうと、ありません。

だれも、いかなる事があろうと、この小汚い者達のようになる事はありません。」

 

Bっていうのは兄のことです。中々奇怪な文章で、意味がよくわからない箇所もありますね。

 

他にもあるのですが、ここに載せたくないものもあるので「外部サイト」にお願いします。

 

【池袋通り魔殺人事件】造田博の犯行動機や生い立ち(家族) まとめ

 

造田博の異常性がわかったと思います。

 

池袋通り魔殺人事件だけでなく、それ以前から異常な面を持っていました。

 

池袋通り魔殺人事件を起こした造田博の根幹には、両親の失踪やギャンブルがあるかもしれませんね。

 

祖父の遺産相続がきっかけで両親がおかしくなり失踪と、その影響を受けていたんじゃないでしょうか。

 

そんな両親は未だに出て来ていません。

 

1999年の池袋通り魔殺人事件は死傷者8名と、造田博は死刑となっていますが…

2022年現在でも執行されていません。

 

事件は1999年、死刑確定は2007年。

 

事件から23年、死刑確定から15年と、本来ならされていそうなものですがされていません。

 

参考までに2019年までの10年間の執行のうち、死刑が確定してから執行するまでの平均期間は7年4ヶ月とのことです。

 

造田博について、他に気になりそうなことをまとめているので、ぜひ見て行ってください。

 

 

 

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