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【仰天ニュース】家政婦殺人の元プロ野球選手は誰?甲子園3度ドラフト2位のイケメン投手

更新日:

 

2022/02/21の「仰天ニュース」にて取り上げられる元プロ野球選手の殺人事件。

 

甲子園に3回出場しプロ入りを果たすも、金銭的な理由で殺人を犯してしまった元プロ野球投手。

この記事では、その選手が ”誰なのか” について書いていきます。

 

 

借金で家政婦を殺害した甲子園3回出場の元プロ野球投手は、元ロッテ:小川博(おがわひろし)

 

「最多奪三振」のタイトル創設のきっかけとなった選手

 

引用元:ameblo.jp

 

小川博はロッテに所属していた元プロ野球選手です。

甲子園に3回出場し、ドラフトで2位指名を受けて1985年からロッテオリオンズでプレーしていました。

1988年にはオールスター出場、両リーグ最多の204奪三振を記録しました。

 

そんな彼ですが借金を抱え、利子の返済(3万円)のために勤め先の家政婦にお金を借りようとしたが断られ…

 

それに逆上して強盗殺人を犯してしまいました。

 

事件について詳細に書いていきますが、その前に少し彼の背景を見てください。

事件に大きく関わるのは彼が引退した後です。

 

 

小川博の経歴

 

小川博のプロ入り前

 

小川博は栃木県足利市で生まれます。

1歳時に子供に恵まれなかった夫婦の養子になり、以降は養父母の元で育ちました。

 

前橋工業高校でエースとして活躍、甲子園に3度出場。

彼はイケメンなうえ剛腕で「群玉(群馬の玉三郎)」と呼ばれ、甲子園のアイドルとなりました。

 

高校卒業後は青山学院大学に進学。

当時弱小だった野球部の知名度向上に貢献。

 

1984年のドラフトでロッテから2位指名を受け、プロ入りを決意。

この際に両親はプロ入りに反対したそうですが、「自分の力を試したい」と反対を押し切る形になりました。

 

小川博のプロ時代

 

1985年にルーキーながら、先発2試合を含め1軍21試合に登板。

 

1988年には主に先発で登板し203回2/3イニングを投げ、10勝9敗・防御率3.40、両リーグ最多の204奪三振を記録。

規定投球回以上投げた投手で、奪三振が投球回数を超えた投手はパ・リーグ史上初で

これが最多奪三振のタイトル創設のきっかけになりました。

 

とにかくすごい選手だったということです。

 

1989年以降は右肩の怪我で登板機会が少なく、1992年に引退しました。

 

ここから借金の問題が出てきます。

 

小川博の引退後 コーチ・球団職員

 

選手と賭け・前妻への離婚慰謝料

 

1993年より小川博はロッテのコーチに就任しました。

1993年~1999年まではコーチ、2000年~2002年は編成担当の球団職員を務めました。

 

小川博はコーチ・球団職員の時に、選手と高額な賭けを行い選手からよく借金をしていたようです。

コーチ時代に株の売買をやっていたとの情報もあります。

 

また現役時代に離婚した妻への慰謝料で数百万の借金…

 

 

入団時に両親に預けた契約金、両親で稼いだ貯金が返済に消えました。

 

 

小川博の結婚歴

小川博は2度結婚

・1人目は1986年に結婚し現役中に離婚。

・2人目は1994年に結婚し、事件を受けて2005年に離婚。

 

 

2002年11月には消費者金融の借金が1750万円に達し、金銭的な問題で球団を解雇されました。

 

その後はアルバイトなどを経て、2003年1月に産業廃棄物処理会社に就職。

(後に事件がこの会社の会長宅で起きます。)

 

2003年4月に自己破産で一度借金1750万円がチャラになりますが、上で書いてあるように金癖が悪くまた借金をするようになります。

 

産廃業者時代

 

営業部長に就任、月収40万円の給料を得るも…

 

ある時小川博は会社の焼肉パーティー代として10万円を受け取りますが、そのうち3万円をギャンブルに使ってしまいます。

これが闇金に手を出すきっかけとなり、そこからどんどん膨らみ、利子を含めて80万円の借金を抱えることになります。

 

小川博は返済すべく10万円を別の闇金業者から借りるも、パチンコで使い果たしてしまいます。

 

そして…

 

3万円の利子の返済日、2004年11月18日…

 

 

 

小川博が起こした家政婦強盗殺人事件 理由は利息3万円の返済

 

2004年11月18日、上尾市の会長宅で強盗殺人を起こして逮捕

 

引用:ameblo.jp

 

3万円を借りるために産廃業者の会長宅へ

 

借金を拒まれ家政婦を突き飛ばす

 

2004年11月18日18:30に、小川博は3万円を借りるために産廃業者の会長宅に行きました。

(この日は借金の利子3万円の返済期限)

 

会長は留守で、小川博は代わりに住み込みで働いている家政婦にお金を借りようとしました。

 

家政婦はその要求を断りましたが、小川博は土下座して更に要求します。

それでも家政婦は断り…

 

ここで事件が起きてしまいます。

 

逆上した小川博は家政婦を突き飛ばし気絶させました。

 

そして居間から現金175万円を奪い、事を隠蔽するために気絶した家政婦を車に乗せ、旧荒川に投げ入れ水死させました。

(旧荒川に向かう車内では、被害者の顔を赤紫色に変色するまで殴ったそうです。)

 

奪った現金から数十万円を借金の返済に充て、残りはギャンブルなどで使い果たしてしまったようです。

 

 

後の裁判にて

小川博は「初めから被害者を殺すつもりはなかった」と主張。

小川博の弁護人も「犯行を隠そうと被害者を車で運んでいた途中で殺意が芽生えた(事後強盗殺人罪)」と主張し、犯行の計画性を否定した。

 

事件の発覚・逮捕・裁判

 

事件から2日後の2004年11月20日14時頃に、旧荒川で釣りをしていた人が女性の水死体を発見しました。

これを受け捜査本部を設置、目撃証言をもとに捜査し小川博が被疑者として浮上。

 

事件発生からおよそ1か月後の2004年12月21日、自身の車の中から被害者の血痕が見つかり、犯行を認め強盗殺人容疑で逮捕されました。

 

小川博は、2005年9月29日の第一審で無期懲役を言い渡された。

「無期懲役は重過ぎる」と控訴するも、2006年2月23日に控訴が棄却され、無期懲役が確定した。

 

 

小川博の現在は? 今はどこにいる?

 

無期懲役で2006年に千葉刑務所に収監

 

小川博は現在、千葉刑務所に収監されています。

 

刑務所内のソフトボール大会では、当然ながら元プロの小川博は周りから期待されていました。

しかし長く野球から離れた小川博は痩せ細り、プロ野球選手の片鱗が見れず他の受刑者は落胆。

デビュー戦でも「守備位置ショートのノーヒット」でプロ野球選手の面影はなかったそうです。

 

仮出所は33年ほどはないようで、2039年までは外に出ないものと思われます。

小川博は収監時44歳です。2039年に出るならば77歳ほどになりますね。

 

ちなみに小川博が服役していた時に、無期懲役で同じく千葉刑務所に服役していた金原龍一さんという人がいるのですが、この方は2008年に仮出所して社会復帰をしています。

 

 

元プロ野球選手、小川博の家政婦強盗殺人まとめ

 

 

小川博

・2004/11/18 利子3万円の返済のために会長宅を訪れ、家政婦を襲う


175万円を奪ったのち、被害者を川に投げ入れ水死させる


・1か月後に逮捕、2006年に無期懲役で千葉刑務所に収監

 

甲子園に3回出場、プロ野球選手になりながらも金使いの荒さから借金、強盗殺人事件を起こすまでに至ってしまいました。

金銭的な問題はやはり起こさないようにしたいですね。

 

 

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